我、京大生ぞ

理系京大生のゲーテが匿名をいいことに言いたいことを言いまくるブログ、たまに役立つ情報も書きます

「おとなの進路教室」を読んでハッとしたことを紹介する。【書評】

こんにちは、京大生ブロガーのゲーテ(@goethe_kyodai)です。


昨日、こんな本を読んだ。



進路に迷う大人向けの本だった。


特に進路に迷ってない学生の僕が読んでも得るものがあったので紹介しよう。


目次

年収や学歴より雰囲気

どういう雰囲気をだしているか、そのほうが、よっぽど大事だ。


偏差値や年収、勤めている企業名や学歴より醸し出している雰囲気の方が大事。


その雰囲気がその人の魅力を決める。


たしかにそうだ。


自分も学歴や難関資格で武装して強くなろうと思ってた時期があった。


「英検一級、TOEIC950越え、TOEFL100越えで英語は堪能、英語だけでなく他の言語にも通じるマルチリンガル、さらにベンチプレス100kg越えのパワーを持つ外資系大企業勤め。」


こういう自分を目指そうと時期があった。なんかすごいかっこよくてモテそうだ、っていう軽薄な理由だ。


そういう自分になるために勉強に精を出したりする時期があったが今はしていない。なんかすごく疲れたからだ。肩書きを求めるより好きなことをしようと思った。


そんな肩書きより内から醸し出される雰囲気が人の魅力を決め、人を惹きつける。こっちの方が大事だ。この本はこういうことを気づかせてくれた。

勉強することのリスク

勉強するってのは怖いですね。気をつけないと勘違いしてしまう。頑張っている自分を人に押し付けてしまう。自分を見失ってしまう。


自分もこういう時期があったかもしれない。


自分の努力の水準を相手にも求めてしまう。相手の勉強量の少なさが目に入る。勉強をしてない人を見下してしまう。


勉強っていうのは自分のためにするもので、頑張っている自分に酔うためじゃない。ましてや相手を見下すためでもない。

今の若者には知らない人と話す経験がない

かなり多くの学生が、自分と家族、恋人、気の会う友人••••••、そこから先が、ズドン!と欠落している感じなのだ。


今の若者は親しい人としか話さないらしい。


自分がまさにこれである。初対面の人や知らない人と話す経験が本当に少ない。


これじゃコミュ力も限定されてしまう。


反省を生かして積極的にキャバクラや風俗に行って話そうと思った。

「いつかは...」というけどその「いつか」っていつ?

「いつか」に夢を託すけど、(中略)いつかより強くなって••••••という視線は、その真の課題に向き合う億劫さから、目をそらすのに、使われやすい。


不確定な未来に問題を先送りして、今この瞬間から目を背ける。


僕は様々な出会い系に手を出してるけどモテない。京大生だからもうちょっとモテてもいい気がするがモテない。


京大生の自分より聞いたことのないような大学の顔のいい人の方がモテる。


でも、今はモテないけど大企業に入って稼ぐようなになったらモテるだろう、なんて思ってた。


でもこれって問題を先送りして直視することを恐れて目を背けてるだけだ。


大企業に入ってもモテるとは限らない。今このモテない現状を直視して対応策を考えて実行して少しずつモテるようにするべきだった。

それはあなた自身の意見?

立っているところが「情報」なので(中略)質問も似てくる。情報に立脚していて、自分に立脚しているのではないことを、果たして本人は気づいているのだろうか?

未曾有の情報社会で、仕入れた情報に立脚したものを言おうとする人は、さらに増えていくだろうと思う。


これだけではわからないと思うので、解説する。


自分の意見を言うとき、「〜では、〜と聞いたんですが、あなたの言う〜とは違うようです。」などと言う人は、自分がよそから取り入れた情報に立脚してものを言っている、と作者は表現している。


また、「私は〜と感じて、〜と思った。」などと言う人は、自分に立脚してものを言っている、と作者は表現している。


この情報化社会では、情報が氾濫していて、スマホやパソコンでいつでもどこでも情報を仕入ることができる。


誰でも手に入れられる情報に立脚して意見を言ってるだけでは、誰でも言えることしか言えなくなって差別化ができない。


僕も結構情報を取り入れてる方だと思う。一日何か新しいことを学ばないと気持ち悪いから毎日Twitterや本で情報収集している。


でも意見を言うときは、「外側」から取り入れた情報だけに立脚せずに、自分の感情や好みや考えみたいな自分の「内側」から湧き出たことも絡ませて発言しようと思った。


読んでいただいてありがとうございました!


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